おみ漬けの名前の由来

山形の特産品と名高い「おみ漬」ですが、この名前の由来には諸説あります。
たとえば、刻んだ野菜をよく揉んで漬けるので「揉み漬け」と呼ばれていたものが「おみ漬け」になったという説です。

ここではもう一つ、山形では最も語られている説をご紹介いたします。

「おみ漬け」名前の由来について

「おうみ漬け」が語源の説

かつて山形では、特産の山形青菜(やまがたせいさい)を漬けるとき、葉は取り除いて茎(くき)の部分だけを食べていました。
肉厚な茎の部分が重宝され、葉の部分は大きくてかさ張るので嫌われていたからです。

その当時、山形を訪れていた近江商人(滋賀県)がその光景を目の当たりにして「もったいない!」という思いから漬けられはじめたお漬物が「おみ漬」だと伝えられています。
その名前も近江漬(おうみづけ)をもじって「おみ漬」と呼ばれたのが名前の由来と言われています。

近江商人とは?

近江商人(おうみしょうにん)とは、鎌倉時代から戦前にかけて活動した滋賀県出身の商人のことです。
近江商人の行商の目的の一つは、他国で商売をしてその地に店を出すことだったそうです。
そのため、旅先の人々の信頼を得ることを何よりも大切にしていました。

そこで近江商人の心得として説かれたのが、売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」なのだそうです。
近江商人にとっての商売は、世間の為でもあったわけです。

「おみ漬け」という大変美味しいお漬物を山形の地にもたらしたのが、三方よしの心得のおかげだとすれば、私たちは近江商人に感謝しなければいけませんね。
近江商人については、滋賀県にある「東近江市 近江商人博物館」さんが詳しいのでご紹介させていただきます。

東近江市 近江商人博物館
https://e-omi-muse.com/omishounin/

山形と近江商人の縁とは?

ジャーナリストの岡田益吉氏によると、近江商人は東北地方では初めに山形を訪れたと言われています。
理由は「山寺」の名で知られる立石寺が、同じ天台宗である近江の国の「比叡山」延暦寺から不滅の法灯を分火された縁があったからだとか。

その後も、最上義光が秀吉から近江の土地を拝領したのをきっかけに、近江商人と山形の関係はその強さを増したのだそうです。

そのため、山形の特産であった生糸、麻、米などが近江商人によって西日本へ売り出されました。
とくに高品質で貴重だった紅花(べにばな)は、京都西陣織の染料となり、華美な着物として江戸でも重宝されたそうです。
(参考:東北開発夜話 - 国立国会図書館デジタルコレクション